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坂田仰編『法律・判例で考える生徒指導』を読む


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 私にとっては、この本を「懲戒」をとらえるヒントとして、もう一つは「出会い系サイト」についての法規制と大人側の認識のあり方について考える本だと思っています。

 いじめ・体罰の判例研究については、お世辞にも深いとは言えません。判例分析の域です。
坂田氏は「いじめ」を①社会化のプロセス(日常的衝突) ②教育課題としてのいじめ ③法的問題としてのいじめ の3つに類型し、③を「教育上の指導を必要とするにもかかわらず、適切な指導を行わなかったという場合」と位置づけています。さらに「学校現場において、②と③の関係が曖昧にされてきた」と分析しています。

 これは、「いじめ」の類型そのものに無理があるでしょう。②教育課題としてのいじめ のうち、適切に指導しなかったものを③法的問題としてのいじめに位置づけようとした場合、現場で意図的に③を生み出すことは可能なのか?結果(過失)として③が生まれるのであって、③は故意として発生することは、まずないでしょう。だから③から②の「いじめ」対応を学ぶことに意義があるのです。

 まだ途についてはいませんが、私は判決書の教材化とは別に学校関係者の共有すべき認識を「いじめ」「暴行」「授業妨害」「ネット」の4つについて、考え得るシュミレーション毎に構築していく必要があると思っています。

 「ネット」を一つに挙げました。匿名性という意味では「ダイアルQ2」や「テレクラ」なども同じですが、不特定多数に情報を受発信できるという点に「ネット」の最大の特徴があるでしょう。
 ネットにおける匿名性の人権侵害については、侵害された人権回復のために大人が共有すべき認識の一つが提起しうると思います。
 一方で、「出会い系サイト」の未成年による不正誘引防止のために教育関係者が共有すべき認識の提案はほぼ皆無に等しい。事例研究の対象となる判例がないか、と考えるところです。

 さらに「暴行」について。2003年のデータではありますが、高等学校では「暴行」に対し、加害者への何らかの懲戒措置を85%がとっています。一方、中学はそれが2.8%です。当然、高校にある「退学」「停学」「自宅学習・謹慎」が公立中学校では認められていませんので割合が違うのは当然です。私は割合の違いに注目したいのではなく、なぜ高校では暴行に対し、85%が懲戒措置を受け、中学は2.8%なのか?この差はなぜ存在を許されているのか?に注目したいのです。つまり、高校において「暴行」への懲戒措置が比較的高い割合で行われていることにどういう影響があるのだろう?暴行加害生徒数が高校の3倍いながら懲戒措置が2%代の中学校において、懲戒をどう考えたら良いのだろう。

 私は児童生徒について、福祉的な立場と同時に市民的な立場、即ち因果応報は責任としてあってよいと考える立場です。そこにペナルティーだけを敷こうとするから「切り捨て」論が出るのであって、出席停止でも停学でもフォローについて学校、学校以外で行うことが明記されているわけですから、発達段階における懲戒の意味というものが生徒指導論の中で考えられてよいと思います。

 坂田氏の論考は正直なところ参考になりませんでしたが、視点提供としては有意な本だったと思います。

by maksy | 2007-09-30 11:03 | 書籍・雑誌  

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